ヤング案(Young Plan)(1929年)



 ヤング案(Young Plan)は、アメリカの財政家ヤング(Owen D. Young)をトップとする委員会で作成された。1929(昭和4)年に成立、1930(昭和5)年に調印された、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約で締結されたドイツの賠償方式を緩和、新たな賠償方式として作られたものである。
 内容としては、1924(大正13)年成立のドーズ案に続く対ドイツ第二の緩和政策であり、返還額は年額17億金マルク、その後増えてもドーズ案の25億金マルクには達しないものとなった。また、総額を以前の約1/4に当たる賠償総額を約358億金マルクに軽減、さらに59年間払いに緩和され、最終支払いは、ヨーロッパ諸国からアメリカへの債務返済と同じく、1987(昭和62)年ということになった。その実施は1930年から始まることになった。
 しかし、同時期に発生した世界恐慌により、ドイツの経済は再び強烈な不況を迎えることとなり、1931(昭和6)年のフーヴァー=モラトリアムによって支払い猶予を認められ、1932(昭和7)年、ローザンヌ会議でヤング案は正式に廃止され、賠償金はさらに減額されるにいたった。

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