3月事件(1931年3月20日)
(20080303作成)

 1931(昭和6)年3月20日の議会に労働法案の上程されるのを期して、大川周明・亀井貫一郎らは無産政党や労働者の1万人大デモで議会を包囲する一方、政友会・民政党の本部や首相官邸を爆破して、東京市内を混乱させ、戒厳令を施行する。また議場に軍隊を入れて内閣を総辞職させ、宇垣一成陸軍大将を内閣首班にかつぎだそうとするクーデター未遂事件。首謀者は政党内閣に反発する陸軍の内部の小磯国昭・建川美次ら陸軍中枢部、橋本欣五郎・長勇らの桜会幹部を中心に、民間右翼の大川周明・徳川義親ら。陸軍首脳部も関与していたといわれるが、この計画は関係者相互の連絡が悪かったことと、政情の動きを敏感に察知した宇垣が消極的となり、小磯が中止を申し入れ、徳川も同調したため不発に終わり未遂に終わった。その結果、山県有朋から桂太郎、寺内正毅、田中義一と続く長州軍閥の後継者である宇垣の、陸軍に対する支配力を失墜させることになり、後年に至って宇垣に組閣の大命が降下した際、陸軍が陸軍大臣の推薦を拒否し、宇垣が大命を拝辞せざるを得なくなるという事態を招いた。この事件後、陸軍中枢部へ皇道派が進出することとなる。

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