濱田国松衆議院議員の「腹切り問答」(抜粋)


濱田氏「(中略)軍部は近年自ら誇称して我が国政治の推進力は我らにあり、乃公出でずんば蒼生を如何せんの慨がある。五・一五事件然り、二・二六事件然り、軍部の一角より時々放送される独裁政治意見然り(中略)要するに独裁強化の政治的イデオロギーは滔々として軍の底を流れ、時に文武恪循の堤防を破壊せんとする危険あることは国民の等しく顰蹙する所である。」

と前置きして強烈な軍部攻撃を行った。これに対し広田首相がそれに対して答弁を行ったが、ここで、寺内陸相が、

寺内陸相「私も一言御答弁申します。」

と言って、余計なことを言い始めたのである。

寺内陸相「我が国の政治は欽定憲法に準拠してその精神で運用さるべきものと思う。このことは常に我々が言明している。然るに未だ疑っているのは何かある種の幻影に眩惑されているのだろう。先刻来の濱田君の御説中、軍人に対して聊か侮辱するかのような言辞のあったのは遺憾である(中略)。」

と反発すると、濱田氏は二度目の登壇して、

濱田氏「(中略)陸相寺内君は私に対する答弁の中で、濱田の演説中軍部を侮辱するの言辞があるということを仰せられた。どこが侮辱して居る。私共は此議場に立っても国家の為に、軍の名誉の為に、最も善意を以って出来得る限り慎重の注意を以って御質疑を申上げた積りである。其私に軍部を侮辱するような意思などがありようはずはない。(中略)いやしくも国民代表者の私が、国家の名誉ある軍隊を侮辱したという喧嘩をを吹掛けられて後へは退けませぬ。私の何等の言辞が軍を侮辱致しましたか、事実を挙げなさい。此問題が此席上に於いて、同僚の立会証明を以て証明せられない以上は、私は議長が散会を宣告せられぬことを希望致します。」

と詰め寄れば、

寺内陸相「私は只今濱田君が言われたようなことを申しては居りませぬ。速記録をよく御覧下さいまし……〔発言する者多し〕。」

岡田忠彦副議長「静かに―静かに。」

寺内陸相「侮辱するが如く聞える所の言辞は、却て濱田君の言われる国民一致の精神を害するから御忠告を申したのであります。どうぞ速記録を御覧下さいまして御願致します。」

と速記録を盾に逆襲、この激突に議場は沸き立つように混乱したが、やがて議場極度の緊張の中濱田氏は三度目の登壇。

濱田氏「質疑に関する登壇は、三回の制限を受けて居ります。何回でもという訳には行きませぬ。もう是で如何に不満不平があっても登れないのであります。(中略)私は年下のあなたに忠告を受けるようなことはしない積りである。あなたは堂々たる陛下の陸軍大臣であられる。併せながらあなたも国家の公職者であるが、不徳未熟、衆議院議員濱田国松も陛下の下に於ける公職者である。封建思想や官僚独善主義から言えば、あなたは役人で私は町人かも知れぬけれども、そうじゃありませぬ。私は公職者、殊に九千万人の国民を背後にして居る公職者である。あなたから忠告を受けなければならぬことを、此年を取って居る私がしたならば、私は覚悟して考えなければならぬ。天下に謝しなければならぬ。あなたはそんな無責任な、侮辱したことを言うたと最初に言うて置いて、今度は侮辱に当たるような疑のあることをいう所までぼけて来た。何処が其処に当るのだと御尋申しても、是が当たるということを言われないのは―日本の武士というものは古来名誉を尊重します。士道を重んずるものである。民間市井のならず者のように、論拠もなく、事実もなくして人の不名誉を断ずることができるか。是れ以上は登壇することができない。速記録を調べて僕が軍隊を侮辱した言葉があったら割腹して君に謝する、なかったら君割腹せよ。」

と、寺内陸相にかみつき、まさに歴史に残る演説を行ったのである。質疑に関する議員の登壇は3回までという制限があったので、濱田議員はこれで登壇できなくなった。

寺内陸相「只今私が前言と違ったことを申したように申されましたが、よく速記録を御覧下さいまして、御願いを致します。」

と、しどろもどろに「速記録、速記録」といって、はぐらかしてしまった。この演説での勝者が誰であったかは一目瞭然である。


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