名言・迷言・失言集(ドイツ)

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アドルフ・ヒトラー(1889-1945)

(「我が闘争」より)

「我々が今日持っている人類文化、芸術、科学及び技術の成果は、ほとんどもっぱらアーリア人種が創造したものである。アーリア人種は人類のプロメテウスであって、その輝く額から、いかなる時代にも、常に天才の精神的な火花が飛び出し、神秘の夜を明るくし、人類をこの地上の生物の支配者とする道を登らせる。アーリア人種にもっとも激しい対照をなすものがユダヤ人である。この世界にユダヤ人しかいなければ、彼らは泥や汚物に息が詰まるか、憎しみにみちみちた争いの中で、互いにだましあおうと務めるであろう。我々民族主義国家は、人種を一般生活の中心に据え、人種の純粋維持のために配慮しなければならない。」

「今日我が民族は、地上で滅亡する時点に、あるいは奴隷民族として他の民族に奉仕することになる危機に陥っている。我々は我が祖国の存続のために、我々の子供たちの毎日のパンのために、格闘しなければならない。闘争によって、武力によって、最後の精神力まで緊張させ、世界の強国となり、あたらしい領土を獲得することによってのみ、我が偉大なドイツ民族は生存することができる」

「我々は優秀なるドイツ民族にふさわしい領土を確保すべきである。自らの民族のために流された血は必ず正当化される。たとえ今一人の血が流されても、将来においてドイツを担う千人の子供に血が流されないのであれば、それは必ずや賞賛される。責任のある政治家というものは、たとえ現代において攻撃されようとも、いつかは無罪判決を勝ち得るのである 。」

「金融界を独占するユダヤ人は、ドイツ経済の破壊を企んでいる。寄生虫であるユダヤ人は、若いブロンド娘を辱め、かけがえのない優秀な血を汚し続けているのだ。先の大戦でドイツが敗れたのは我々ドイツ人の血の純血が守れなかったからである。戦争にはいる前に我々はユダヤ人を毒ガスで殺してさえおけば、かくのごとき屈辱を受けることはなかったのである」

「私は、オーストリアのイン川に面した町、ブラウナウがまさしく私の誕生の地となった運命を、幸福な定めだと考えている。私にはこの小さな国境の町が、大きな使命のシンボルのように思える。というのは、この小さな町は、二つのドイツ人国家の境に位置しており、少なくともこの両国家の再合併こそ、我々青年がいかなる手段を持ってしても実現しなければならない終生の事業と考えられたからだ。同一の血を持つ民族は、共通の国家に属するのである。ドイツオーストリアは、後刻大ドイツに復帰しなければならない」

「我々はついに将来の領土獲得政策へ移行する。我が民族の子孫のため、領土獲得はもはや権利ではなく義務である。この世界で最も神聖な犠牲は、土地のために流される血である。ドイツは世界の強国となるか、あるいは滅亡するか、そのどちらかである。我がドイツ民族は、植民地ではなく、ヨーロッパの故郷の大地にその力の源を求める。こんにち、ヨーロッパで我々が求める新しい領土はそれはロシアであり、それに従属する東ヨーロッパの衛星国である。」

(オーストリア併合について)

「私はこの町を後にして、今やドイツの指導者になった。それは私にある使命を与えて下さったからだ。その使命はただ一つ、我が故郷を再びドイツに返すこと。」(オーストリア併合直後故郷のリンツを訪れたときの演説)

「ドイツ民族の諸君!この数日で、ドイツ民族の大変革が実行された。その有様は、今日でも見ることができるが、その真の意義は未来において理解されるだろう。・・・ドイツの総統兼首相として我が故国のドイツへの編入を、今ここに宣言する。」(オーストリア併合直後のウィーンでの大衆向け演説)

「ドイツ帝国の総統として、我が故国のドイツ帝国参入をドイツ史の一ページに書き加える。ドイツ民族にとってもっとも古いこの東方の地を、ただ今をもって、ドイツ帝国の最も新しい砦とする。」アドルフ・ヒトラー(オーストリア併合後のホーフブルク宮殿バルコニーでの大衆向け演説より

(チェコ問題について)

「ベネシュ(チェコスロバキア大統領)に一つの申し出をした。約束したことは守るようにと。戦争か平和か− 選択肢は一つだ。彼が素直にドイツ人に自由を与えるか、ある いは我々の手でその自由を手に入れるのか、ベネシュは今こそ選ぶがいい。」(チェコ問題に関して)

「チェコスロヴァキアに要求する。すでに約束したことを実現せよ。戦争か平和か、チェコスロヴァキアが決めるのだ。我々の申し出を受諾してドイツ人に自由を与えるか、それとも我々が自分で自由を求めるか。今や私は最初の兵士として、我が民族の先頭に立つ。我が民族は、先の大戦で敗北したしたときとは違う。」アドルフ・ヒトラー(ズデーテン地方の割譲要求に対して)

「私は、どんな民族に対しても、即反撃に出る主義だ。だがベネシュ(チェコスロバキア大統領)は我々の要求を無視した。民族としての当然の権利を踏みにじったのだ。我々はズデーテンの同胞たちを見捨てはしない」(チェコ・ズデーテン地方割譲要求について)

(ユダヤ人について)

「ドイツと中央ヨーロッパからユダヤ人が排除されることを人々は永遠に感謝するだろう。」

「もしユダヤ人が、世界を再び戦争へと導くなら、それはユダヤの勝利ではなく、全ヨーロッパにおけるユダヤ人の絶滅を意味する。」(1939年1月30日国会演説にて)

「ウィーンでは民族の血統がユダヤ人に汚されている。」

「最終目的は、ユダヤ人の断固たる排除である。」

「彼ら(ユダヤ人)を根絶やしにする必要がある、それで人類は豊かになる。」

(その他)
「並外れた天才は、凡人に対して配慮する必要はない。」

「我が民族の勤勉さ、能力、結束力を6年間で示すのだ。」

「大衆の多くは無知で愚かである」

「熱狂する大衆のみが操縦可能である。」

「大衆は女と同じだ。私の後に従わせる。」

「条約が有効なのは、私にとって有益な間だけだ。」

「私の後に続き、諸君が世界へと踏み出すときが来た。すべてを任務に捧げ、休息以外はなにも望むな。平和以外はなにも望むな。」

「偉大なうそつきは、偉大な魔術師だ。」

「我々の後、一千年の間ドイツに革命は起きない。」

「役に立つのは、人を殴れる人間だけだ。」

「人々が思考しないことは、政府にとっては幸いだ。」

「必要不可欠なのは、一人の指導者の意志、一人が命じ、他の人はそれを実行すればよい。統治とは一人で始まり、下で終わるものだ。」

「新しい人材を育てたい。退廃と堕落がはびこる時代から、我々ドイツ民族の未来を救うために、未来のドイツを担うものは、しなやかであらねばならない。しなやかさと、鋼の強さを」

「ドイツ国民にあるべき国家の姿を示し、国民をその実現へと導くこと、我々はその二つを成し遂げた。我が民族にとって、今世紀最大の収穫である。」

「ドイツ軍は、4年後には戦闘準備ができていなくてはならない。」

「今後、陸海空のすべての軍隊は、直接私の指揮権のもとで行動をとらせる。帝国の軍事力強化のために必要な措置であり、今日の時勢を鑑みた決断である。」

「私は今後も唯一の規範しか認めるつもりはない。幼い頃から自信を律する「ドイツ」という規範である。」

「1918年の恥辱を連想させるものは、すべて破壊する。」

「すべての責任をとるべきは、1918年11月の革命を引き起こした者たちである。」

「若い娘の教育は最高に楽しい。18から20歳はロウのように柔軟だ。」

「私は夢想家だといわれた。その夢想家がいなければドイツはどうなっていたか、私は未来を信じた。至上の国ドイツが復活を信じたのだ。それは狂気だといわれた。国力の回復を信じた私を経済の復帰を信じた私を人は狂気だといったのだ。だが私こそが正しかった。私は今後も正しくあるだろう。」

「詐欺師のような自称芸術家は、強制収容所で再教育すべきだ。」

「我々は寛大ではない。他の政党をドイツから排除すべきである。」

「我々は、ドイツそしてオーストリアであるいは北で、西で、あらゆる場所でドイツ国民を、そして祖国を正しい動きに戻そうではないか。」

「ドイツ国民は、不名誉に甘んじない。我々はあらゆる辱めから解放されたのだ。ドイツ国民は、再び強さを取り戻した。その精神において強く、その意志において強く、その不屈さにおいて強く、忍耐力において強くなった主よ、あなたに感謝します。我らドイツ民族とその祖国に、その自由にどうか祝福を。」

「ラインラント進駐後の48時間は、我が生涯でもっとも神経を痛めた時間であった。フランスがラインラントに兵を進めれば、我々はしっぽを巻いて撤退しなくてはならない。我が方の手中にあった軍事資源はごく控えめな抵抗を行うにしても全く不十分であった。私は、冷然としているふりをしなければならなかった。我々を救ったのはてこでも動かないがんばりであった」

「我々は、むやみに大きな力を持とう望んでいるのではない。我々の労働のために、我々民族のために、我々ドイツのために立ち上がる必要がある。」(ドイツ再軍備宣言について)

「国防軍再建のためにはすでに6年をかけた。そして900億マルクもの資金をこれまで投入してきた。私は勝利を確信している。今は、国家の第一の兵卒たるを望むのみである。それゆえ私は聖なる軍服を再び身にまとったのだ。勝利のその日が訪れるまで、決して脱ぐことはないだろう。」(対ポーランド戦について)

「私は全ドイツ人に義務を全うするよう期待する。また必要ならいかなる犠牲も払うよう期待する。」

「我々は敵を絶滅する。根こそぎに、容赦なく、断固として」

「我々の国家は決して降伏しない。今日のドイツは過去の大国とは違うのだ。たとえ前進が困難でも、この道を進むのみである。」

「今日未明、我が国固有の領土において、ポーランド正規軍が発砲、5時45分反撃が開始された。砲弾で対応している。」(1939年9月1日の対ポーランド宣戦布告のラジオ演説放送)

「我々は英国に対し、友情を示してきた。協力も惜しまなかった。だが友情は、一方的だった。」アドルフ・ヒトラー(1939年9月の英仏参戦直前のラジオ演説より)

「ロシアでの任務は、赤軍の粉砕と国家の解体だ。共産主義はドイツの将来への大きな危険である。ロシアに対する戦いとは、ボルシェビキ人民委員と共産主義的知識人の絶滅でなければならない。これは絶滅戦争だ。絶滅しなければ、敵を打倒しても30年も立てば、共産主義は再びよみがえるであろう」

「独伊日は英米が仕掛けたこの戦争に対し、あらゆる手段を持って最後まで戦う。第二条、独伊日は合意なしには英米とは講和を結ばれるものとする。」(1941年12月のドイツ議会での対米宣戦演説)

「あの無駄口ききの、飲んだくれのチャーチルめ、奴が全人生で成し遂げた事などあるか?偽りの標本め。第一級の不精者め。」(1942年1月30日)

「現在の危機的状況においても、我々は不変の意志と犠牲心によって、この困難と危機を乗り切るであろう。この戦争は、ソ連が勝利するのではない。1500年来ヨーロッパの東の境界を守ってきた大ドイツ帝国、これから先も、ヨーロッパの先頭に立つ大ドイツ帝国こそが勝利するのである。」(1945年1月30日、国民向けラジオ演説)

「敵の攻撃力に直接間接に決定的打撃を与えるため、あらゆる措置を講じなければならない。輸送機関、通信設備、産業施設、補給所等、これまで破壊されていないもの、あるいは一時休止の状態にあるものが、失地奪回の暁には、再度我々のために役に立つとする意見は誤りである。敵は撤退するとき、住民のことは全く念頭になく、焦土しか残してくれない。以上に鑑み余は次の如く命令する。1.軍用輸送機関、通信手段、施設、産業施設及び補給所と、敵に即刻あるいは近い将来利用される帝国領内の資産は、すべて破壊する。」(1945年3月20日のドイツ焦土化作戦(いわゆる「ネロ指令」)

「戦争に敗北すれば、ドイツ民族は失われる。この民族が弱い民族であると実証されたからにはドイツ民族の生活など考慮する必要はない。」(アルベルト・シュペーアの回想録より)

「エリートの中のさらに強者だけが生き残るのだ、その試練の中でたとえ我が民族が滅びても、私は涙しないだろう。それがその民族の運命なのだから」

「今私はこの地上での生涯を終えるにあたって、あの女性(エヴァ・ブラウン)を妻にしようと決意した。すなわち、長い年月にわたる忠実な友情を守って彼女の運命を私の運命と分かち合おうとしている女性と、私ならびに私の妻は逃亡及び降伏の屈辱を逃れるために死を選ぶ。」(1945年4月29日に作成された「私的遺書」より)

「さらにわたしは、ユダヤ人によって準備され、扇動された大衆を喜ばすための見世物の必要な敵の手に落ちるつもりはない。従ってわたしはベルリンに留まり、総統・首相の座が自らもはや維持されないと判断した瞬間に、自由意志からここで死を選ぶ決心をしたのである。」(1945年4月29日に作成された「政治的遺書」より)NEW!!

「すぐに報告せよ。(1)救援軍(第12軍)の先頭はどこにいるか?(2)同軍は、いつ攻撃を再開するか?(3)第9軍はどこにいるか?(4)同軍はどの方向に進撃しているのか?(5)第12軍第20軍団の先頭の位置はどこか?」(1945年4月29日の軍に対する最期の命令文)

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ヘルマン・ゲーリング(1893-1946)

「わが空軍は敵撃滅に貢献してきた。今、我々はこの大いなる戦いの終盤に入った。ポーランドやフランスの場合と同様、我が空軍はイギリスでも戦う。断固敵を粉砕し、絶滅させるのみだ。」(1940年の演説)

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ハインリヒ・ヒムラー(1900-1945)

「我々は、他民族を我々の奴隷と見なすのみで、彼らが飢えようが飢えまいが関心はない。対戦車壕の建設に従事するロシア人女性労働者が一万人倒れても何とも思わない、私の関心は、対戦車壕が完成するかどうかだけだ」

「必要以上の粗暴で非常な措置は取っていない。我々ドイツ人は、たとえ相手が人間以下の畜生でも、最後まできちんとした態度をとる」

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ヨゼフ・ゲッベルス(1897-1945)

「思想宣伝には秘訣がある。何より宣伝の対象人物に、それが宣伝だと気づかせてはならない。同様に、宣伝の意図も巧妙に隠しておく必要がある。相手の知らぬ間に、たっぷり思想をしみこませるのだ。」

「よりよく統治するためにはよりよいプロパガンダが必要だ。両者は不可分で、統治なきプロパガンダが無意味なようにプロパガンダなき統治もあり得ない」

「ヒトラーこそは、この世に比類なき勇者であり、彼が握るのは、人類文明の旗である。どのような脅威にも、敵の攻撃にも彼は立ち向かうであろう。」

「警告しておこう。いずれ我々の我慢にも限界がきて、ユダヤ人の口は封じられる。」

「総力戦を望みますか?より全面的でより徹底的な戦争を戦いたいですか?」(1943年演説より)

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ルドルフ・ヘス(1894-1987)

「党はヒトラーに忠誠を誓う。ヒトラーはドイツそのものである。」

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カール・デーニッツ(1891-1980)

「ドイツ国民のみなさん、そして国防軍諸君、総統アドルフ・ヒトラーが亡き人となられました。ドイツ国民は深い悲しみと畏敬の念に打たれるでしょう。総統は、私を後継者として私を選ばれました。この重大なる運命の時に責任の重さを自覚しつつ、私は総統の意志を受け継ぎます。」(ヒトラー自殺直後のラジオ演説にて)

「国民の皆さん、ドイツは国家の土台を破壊され、いばらの道を歩まねばなりません。私は、この困難な道のりに背を向ける気はありません。もし、国民が私を必要とするならば、私は職務にとどまり、全力を尽くす覚悟です。だが、去れと命じるならば、それに従うのも、祖国への奉仕と信じます。」(無条件降伏後のラジオ演説にて)

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フランツ・ハルダー(1884-1972)

「(当初ヒトラーを賞賛した「史上空前の将帥」という文句について)こんな言葉は誇張にふける第三帝国の自己賛美であり、独裁者の自己崇拝化にすぎない。」

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リッター・ロベルト・フォン・グライム (1892-1945)

「我々は崇高な理念に身を捧げると信じる軍人として戦ってきた。その理想主義と軍人としての義務への献身は、その理想が破滅する日に一緒に消えるべきである。」(ドイツ敗戦直後、自殺前に語った言葉)

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ハラルド・モム

「当番、シャンペンを持ってこい。ブタめが死んだぞ。」(ベルリン郊外)クランプニッツ陸軍自動車学校長(1944年7月20日、ヒトラー暗殺未遂事件の折、第一報「総統が暗殺された」を聞いての歓喜の発言。事件平定後、この発言が問題になりモム氏は降格処分)

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パウル・ハウサー(1880-1972)

ハウザー「全師団に撤退を命令する」
部下「大将閣下、総統のご命令によれば・・・」
ハウザー「わたしのような老人にはそれでかまわん。だが、表にいる若者達にそれを強いることはできぬのだ。直ちにわたしの命令を軍団に通達したまえ。」(1943年2月、ハリコフ攻防戦でソ連軍に完全包囲される寸前で独断撤退を決意した時の名言。)

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ロベルト・ライ

「各種のばい菌、シラミにノミにユダヤ人。すべて駆逐されるべき害虫どもだ。ユダヤ人の全滅は我々の聖なる職務である。」

「ユダヤ人はただのクズにすぎないが、人類最大の脅威なのだ。もし我々がユダヤ人を全滅できなければ、我々はこの戦争に負けるだろう。」

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ハンス・ウルリッヒ・ルーデル(1916-1982)

アメリカ兵「英語が話せるか?それからナチ式敬礼をするのはやめてもらいたいとのことだ」
ルーデル「ここはドイツだ。英語が話せたって、ドイツ語以外はしゃべろうと思わない。どんな敬礼をしようと君らの知ったことではあるまい。われわれはドイツ軍人としての敬礼法を教わり、それをそのままやっているだけの話だ。スツーカ隊は空の戦いで破れはせぬ。われわれは囚人ではない。ドイツ兵はすべての戦闘に負けたものではなく、ただ物量の重圧に屈したにすぎない。・・・・ま、そんなことはどうでもいい、身体を洗わしてもらいたい。それから何か食べ物がほしい」
(終戦時、アメリカ軍に投降したときのやりとり)

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ハンナ・ライチュ

「総統の顔は真っ赤になりました。長い怒りの発作がおさまった後、総統は麻痺したように沈黙し、地下壕では誰も口を開かなくなりました。・・・エヴァ・ブラウンは絶えず口にしていました。「かわいそうなアドルフ、みんなが彼を見捨てて裏切った。」」(1945年4月28日、親衛隊長官ハインリヒ・ヒムラーの単独和平工作の報告を聞いたときのヒトラーの様子について(ソ連軍の尋問調書より))

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カール・ヴァイトリング

「ヒトラーが語り終えたとき、私はそれを夢の中で聞いたような気がした。すでに何昼夜も私は激しい戦闘に従事していて、一つのことだけは確かだった。奇跡でも起こらない限り、あと数日間で最終的破局が訪れる。弾薬の蓄えも限られ、燃料はほとんどなく、さらに重要なことは、軍隊にもう抵抗する気力が残されていないことである。」(ベルリン防衛司令官、1945年4月23日の作戦会議でヒトラーの作戦計画を聞いたときの感想(ソ連軍の尋問調書より))

「今やすべてがわかった。問題なのは自分一人だけなのだ。この男(ヒトラー)は、防空壕の中でなるべく長く安全にいられるために、何千何万もの人間をこの犯罪的な戦いの犠牲にしようというのだ。」(ベルリン防衛司令官、ソ連軍の尋問調書より)

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オットー・ギュンシェ

「午後1時頃、私たちは将校たちの部屋に行った。みんな非情に興奮していた。総統が彼らに別れを告げたのだった。しばらくして総統が来て、次のように言った。「私は、自分の死体が見せ物にされることを望まない。死後私の死体は確実に消却すること」」(ヒトラーの副官、ソ連軍の供述書から1945年4月30日のヒトラーの様子について)

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ハンス・ラッテンフーバー

「「もう一度お日様が見たい。」そういって彼女は庭に出かけていった。そして15分後、打ちひしがれた様子で地下壕に戻ってきた。」(ヒトラー護衛隊長、ソ連軍の供述書から1945年4月30日のエヴァ・ブラウンの様子について)

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クルト・フォン・シュシニク(1897-1977)

「今の我々に必要なものは、国民の確固たる意志と、指導者の強い信念です。オーストリアの独立は揺るぎません。この命のつきるまで」(オーストリア首相、ドイツのオーストリア併合要求に言及して)

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その他

「私は神のみ名において、一つの神聖な誓いをここにたてる、我らがドイツ国家と国民の偉大なる指導者アドルフ・ヒトラーに従い・・・」ドイツ国防軍の宣誓の言葉

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