名言・迷言・失言集(イギリス)

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アーサー・ネヴィル・チェンバレン(1869-1940)
(チェコ問題について)

「私はドイツ首相に会いに行きます。私たち二人の会談によって有益な結果が生まれると思われるからです。私の政策は、常に平和の確保が第一です。この訪問が承諾されたのですから、必ずや大きな成果が得られると期待しています。」

「私の目的はヨーロッパの平和です。この旅でそれを達成できることでしょう。」

「私はよく言います。「一度でも失敗をしたら、何度でもトライしろ」と、今もそうです。帰国するとき、「ヘンリー4世」のせりふを言えればと願っています。「困難の中でこの花を無事に摘んできた」と。」

「チェコスロバキアの問題は無事に解決しましたが、それは大きな問題の解決に至る序曲にすぎません。全ヨーロッパの平和への序曲です。」

「ヒトラーは私が出会った中でもっとも凡庸な子犬だ。」

(対独宣戦布告について)

「今朝ベルリンで英国大使が、ドイツに最後通牒を渡しました。11時までにポーランドからドイツ軍を撤退させない場合は、交戦状態にはいると通告しました。ドイツの要求は受け入れがたいものです。わが国はドイツと戦うことになりました。長年の平和への尽力が水泡に帰し、痛恨の極みであります。」(1939年9月3日のイギリス国民向けラジオ演説)

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ウィンストン・レオナード・スペンサー=チャーチル(1874-1965)
(第二次世界大戦回顧録より)

「これでことは簡単になる、戦争は結局われわれが勝つと確信し、その夜は神に感謝しながら熟睡した。」(日本の真珠湾攻撃の報に接して)

「私は長い政治生活を通じて、ほとんどの国家の要職に就いていたが、このときに私に課せられた職務が、いちばん気に入ったものだったことを率直に認める。権力は、他の人々の上に君臨し、あるいは自分に錦を飾るためのものであれば、当然のことながら、下劣と判断される。しかし、国家の危機に際して、どういう命令を下せばよいかが分かっている時には、権力は神の賜物である。」

「私はスターリンに向かって切り出した。「我々のバルカン問題を片づけましょう。ソ連の軍隊はすでにルーマニアとブルガリアに入っている。一方イギリスもバルカン諸国に利害関係を持っている。我々がぶつかり合うことは避けましょう。そこで提案しますが、ルーマニアはソ連の優先権90パーセント、一方ギリシアはイギリスの優先権90パーセントとしたならば、あなたの意見はいかがですか。」私は紙に書き留めてスターリンの前に押しやった。しばしの時間が過ぎた。スターリンは青い鉛筆をとると、承認というように、そこに一本の太い線を引いて、返してよこした。」

(戦争について)

「私には、血と涙と労苦と汗しか提供できるものがない。我々は全力で戦い、あらゆる犠牲を払っても勝利するのだ。」(1940年5月13日の首相就任演説より)

「我々の目的は何かとあなたは尋ねる。それに私は一語で答えよう。それは『勝利』 ― いかなる犠牲を払っても得るべき勝利、あらゆる恐怖に打ち勝つ勝利、長く苦しい道のりに関わらず得るべき勝利である、なぜなら、勝利なくして生存はありえないから。」(1940年5月13日の首相就任演説より)

「我々は必ずこの島を守り抜く。浜辺で戦い、飛行場で戦い、野原で、街頭で戦い、丘陵で戦い、決して屈服しない」(1940年6月4日下院演説)

「ウェイガン将軍が『フランスの戦い』と呼んだものは、終わりました。やがてイギリスの戦いが始まります。キリスト教文明の存続は、この戦いにかかっている。我々英国民の生活、社会、そして大英帝国の存続も、この戦いにかかっている。敵の全勢力と全士気が、やがて我々に向けられよう。ヒトラーは知っている、この島において我々を倒さない限り、この戦争に敗北するしかないことを。我々が勝てばヨーロッパは解放され、世界は太陽の輝く高台に移ることができます。もし我々が負ければ、アメリカ合衆国を含む全世界、そして我々が知り、大切にしてきた全てが、ねじ曲がった科学の光により長引かせられた新しい暗黒時代に入ります。よって我々は全力を尽くし、1000年のちに大英帝国の人々にもこう言わせたいものです。「これが彼等の最良の時だった」と。」(1940年6月18日下院演説より)";

「お休みなさい。よく眠り、英気を養うように。朝は必ず来ます。朝日は勇敢な真実の人々の上に、フランスのために、苦しんだ人々の上に輝く。フランス万歳。お休みなさい。よく眠り、英気を養うように。朝は必ずやってきます。」(1940年10月、フランス国民向けラジオ演説)

「絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に。」

「ヒトラーが我々をうち負かせないなら、我々がうち負かしてやろう。ナチスのギャングどもを全部叩きつぶしてやろう。我々は決してあきらめも降伏もしない。大英帝国はナチスの疫病を取り除き、この暗黒時代から世界を救うのだ。」(1940年の国民向けラジオ演説から)
「これは終わりではない。これは終わりの始まりですらない。しかし、あるいは、始まりの終わりかも知れない。」 (1942年11月10日演説より)

「日本はアメリカとイギリスに宣戦布告した。突然牙をむいたのである。日本は我々をいったいどんな人間だと思っているのだろう。我々が簡単に屈する国民だとでも思っているのだろうか。諸君、我々が屈強な国民であることを奴らに思い知らせてやろうではないか。」(1941年12月22日アメリカ議会での演説)

(政治について)

「過去のことは過去のことだといって片づけてしまえば、それによって、われわれは未来をも放棄してしまうことになる。(tries to sit in judgement on the past it will lose the future.)」(英国のもてる全人材を戦争努力につぎ込むために取った態度)

「頂上にいくと物事は非常に単純である。・・・第一の地位にある者に集中されるもろもろの忠誠はぼう大なものである。もし彼が躓いたら、支えられねばならない。もし間違いをしたら尻ぬぐいされねばならない。もし眠ったら、みだりに睡眠を妨げてはならない。もしかれがどうにもならない代物だったら、かれの首はまさかりで叩き落とされねばならない。」

「政治は戦争と同じように刺激的で危険だ。ただ、戦争では一度死ぬだけだが、政治では何度も死ぬ。」

「資本主義は人類の知る最低のシステムだが、これまで実験されたシステムの中では最高である。」

「危険が身に迫ったとき、逃げ出すようでは駄目だ。かえって危険が二倍になる。決然として立ち向かえば、危険は半分に減る。何事に出会っても、決して逃げるな。」

「一度剣を抜いた以上は、息が絶えるまで、勝利を完全に手中に収めるまで剣を棄ててはならぬ。」

「金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。しかし勇気を失うことはすべてを失う。」

「国家の偉大さは危機において現われる。」

「戦時には、真実は極めて重要で、うそに守られていなければならない」

「どんな戦争といえども、容易なものはない。一度戦争に身をゆだねた政治家は、制御しがたい戦いの奴隷となる。」

「我々は戦争をさけるために恥を忍んだ。だが、やがて戦争と恥の両方に耐えなければならなくなる。」

「過去を遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」

「真の天才とは、不確定で危険な、相矛盾する情報を評価する能力にある。」

「あまり先を読みすぎるのは誤りである。運命の鎖の輪は一つずつ扱われねばならない。」

「成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである。」

「私はいつも前もって予言をするのは避けることにしている。なぜなら、事が起こった後に予言する方が優れたやり方だからである。」

「人類の行いがかくも強大で恐ろしくなった今、然るべき人物が、然るべき場所で、然るべき時に、個人的に会うことが、我々が心から願う平和を実現する上で貴重な役割を演じるかも知れない。」

「悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす。」

「築き上げることは、多年の長く骨の折れる仕事である。破壊することは、たった一日の思慮なき行為で足る。」

「ユダヤ民族とアラブ民族は共存できるか。大英帝国はこの問題をだれをも傷つけることなく公平に取り扱うことを約束する。世界に散っているユダヤ人が民族的な郷土を持ちたいと願うのは、至極当然である。ただそれによってアラブ人が苦しめられ、追い立てられられたりするようなことはあってはならない。アラブ人は何も恐れなくてもよい。大英帝国はユダヤ人の入植をコントロールしているほか、ユダヤ教の聖書にもあるように、将来必ずやパレスチナはミルクと蜜が流れる永遠の地として発展するであろう。」(植民地大臣時代)

(ヤルタ、ポツダム会談、冷戦について)

「(原爆実験の詳細な報告を聞いた後)、会談にやってきた彼(トルーマン)は全く別人だった。とにかくロシア人に向かってああしろこうしろと指図し、始めから終わりまで会議を取り仕切った。アメリカはソビエト抜きで日本抜きで勝てると思っている。」(第二次世界大戦回顧録他より)

「大掃除をするには、もう少しの時間がかかるが、ドイツはもはや負けだ。これからの問題はソ連だ。口を酸っぱくして説明しても、アメリカ人にはこのことを解って貰えないのだ。」

「1939年にイギリスは、ポーランドをドイツの侵略から守るために危険を冒して戦争に参加しました。我々にとってのポーランドは、物質的な利害ではなくて、名誉の問題です。」

「私は、ポーランドと主権と独立についてもっとずっと強く関心しています。私はこの(ヤルタ)会議で、アメリカ、イギリス、ソ連三国の指導者たちが、ロンドンにある現在のポーランド政府に同意できないものかどうかおたずねしたいと思います。」

「私は、ルブリン政権がポーランド国民の1/3以上を代表しているとは信じられません。イギリス政府は断じてルブリン一派を承認できません。」

「我々はヤルタでの取り決めの途方もない失敗と完全な崩壊に直面しており、にもかかわらずイギリス政府にはこれらの出来事を追求する余力がありません。イギリスの努力がもはや限界に達したことをはっきりと申し上げねばならないのです。」(「ルーズヴェルト宛の手紙」より。ポーランド問題について)

「我々がいかに小さな国であるかを知った。一方にはソ連という名の巨大な熊がいる。もう一方にはアメリカという名の猛牛がいる。その間にイギリスという名の哀れなロバがいるのだ。」

「今やバルト海のシチェチンからアドリア海のトリエステにかけて、ヨーロッパ大陸を二つに仕切る鉄のカーテンが降ろされました。そのカーテンの向こう側に中欧及び東欧諸国の首都が取り込まれている。ワルシャワ、ベルリン、プラハ、ブダペスト、こうした都市とそこにすむ人々がすべて「共産圏」に存在しているのである。」(1946年3月5日、アメリカ・ミズーリ州のフルトンでのいわゆる「鉄のカーテン」演説)

(その他)
「私は創造主に会う準備はできている。主が私に会う準備ができているかどうかは、別問題だが。」 (死の恐怖はないかと問われて)
「戦争からきらめきと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。アレキサンダーやシーザーやナポレオンが兵士たちと危険を分かち合いながら、馬で戦場を駆けめぐる、帝国の運命を決する、そんなことはもう無くなった。これからの英雄は安全で静かで物憂い事務室にて、書記官たちに取り囲まれて座り、一方何千という兵士たちが電話一本で、機械の力によって殺され、息の根を止められ。これから先に起こる戦争は女性や子供や一般市民全体を殺すことになるだろう。やがてそれぞれの国には、大規模で限界のない、一度発動されたら制御不可能となるような、破壊のためのシステムを生み出すことになる。人類は初めて自分たちを全滅させることができる道具を手に入れた。これこそが、人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命である。」(「危機の世紀」より第一次世界大戦について)

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バーナード・モントゴメリー(1887-1976)

「もし、戦線と銃後が真剣に事に当たれば、今年中の先が見える。来年には、敵を覆すことができる。諸君ありがとう。」

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シュテファン・ツバイク(1881-1942)

「あの日々の状況は絶望的であった。突然労働者たちが現れ、ロンドンの方々の公園にそして特にドイツ大使館の前に、迫り来る空襲に備える壕を掘った。人々は真剣な考え込んだ面もちで歩いていた。私たちは人間であふれる街路と家並みを密かな感慨を持って眺めるのであった。明日はすでに爆弾がそれらの家や通りを粉砕してしまうのではないかと。そして扉の中では、人々がラジオのニュースの時間に立ったり座ったりして耳を傾けていた。どの人にもどの瞬間にも、巨大な緊張が全土を覆っているということが、目には見えなくてもはっきりと感じられるのであった。」(「昨日の世界」より)

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ジョージ・オーウェル(1903-1950)

「宣伝放送というものは、嘘をついているのも同然である。何かはっきりとした意図をもって放送しようとしても、すぐに修正しろとか、放送を禁止しろとか、上から訳の分からない命令が出る。」(戦中日記より)

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その他

「ドイツ軍はとどまるところを知りません。今、我々の面前で一国の死の悲劇が展開されています。これは武力による支配です。・・・」(1939年3月のドイツ軍によるチェコ併合を報じるイギリスのニュース映画の悲痛なナレーションより)

「日本は自分がしていることはすべて、アジアをヨーロッパの支配から解放するためだと主張しています。ヨーロッパに抗議するアジアの戦争という図式を作り上げ、英米人によって犯された架空の暴虐行為の噂を広め、あらん限りの人種的憎悪を引き起こそうとしています。」(1942年1月17日の英BBC放送の「戦況ニュース解説」より)


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