■戦艦「ウォースパイト」−第二次世界大戦最高の武勲艦−(イギリス)



 今回は、飛行機が海戦の主役になりつつあった第二次世界大戦で、不運な運命を遂げた戦艦が数多くありますが、その中で、一番の大活躍をしたのは、イギリスの戦艦「ウォースパイト」ではないでしょうか。日本では、かなり知名度が低いですが、幾多の海戦に参加し、「戦いのあるところ、かならずウォースパイトあり」、「傷だらけの不沈艦」などと言われるように、壮絶な人生を送っています。なんといっても、第二次世界大戦も後期になると艦同士の撃ち合いや航空機の攻撃の心配もほとんどなくなったので、「まあ浮かんで地上軍への艦砲援護射撃できればいいや」という考えからか、修復不能といわれる大損害を受けても、応急修理を行っただけで戦場に引っ張り出されるというのはすごい・・・というよりむごいの一言です(笑)。

 この「ウォースパイト」に匹敵するような活躍をした軍艦は、アメリカの空母「エンタープライズ」、日本の駆逐艦で「呉の「雪風」佐世保の「時雨」」と呼ばれた2艦などがありますが、「ウォースパイト」の場合、第一次世界大戦から活躍しているので、その期間からみると間違いなく、史上最高の叙勲艦と言える。

 戦艦ウォースパイトは、イギリス海軍のクイーン・エリザベス級戦艦2番艦として、1912年10月31日、デヴォンポート海軍工廠で起工。1913年3月8日チャーチル海軍大臣の臨席下にチェンバレン元海軍大臣夫人の命名により進水。1915年3月8日に竣工した。直ちに本国艦隊に編入され、第一次世界大戦に参戦。そして、世界最大の戦艦対戦艦の大海戦「ユトランド海戦」へ参加し、15発の砲弾を受け大破、しかも舵を損傷して、「ウォースパイトの死の行進」と呼ばれる円運動を繰り返すだけの状態にまで陥ったにも関わらず、九死に一生を得る。その後舵の不具合は生涯ずっとつきまとったがしぶとく生き残った。
 第一次世界大戦後は、地中海艦隊や大西洋艦隊に所属し、1924年にジョージ5世が出席する英国艦隊観艦式に参加した。その後、ウォースパイトは部分的な近代化改装工事を行い1926年に完了した。その後、1934年から1937年にかけて航空機の格納庫を設置するなどの完全な近代化改装を施された。

 そして第二次世界大戦が始まった時には地中海艦隊に所属してたが、その後艦齢30年近くの老朽艦にもかかわらず、常に第一線で活躍した。1940年4月にはドイツのノルウェー侵攻により、ノルウェー沖に展開し、1940年4月13日には「ウォースパイト」と駆逐艦部隊はドイツのナルヴィク攻略部隊の駆逐艦8隻をナルヴィクにあるオフォト・フィヨルド(Ofotfjord)に追いつめて全滅させた(第二次ナルヴィク海戦)。
 その後、イタリアの参戦により緊迫化した地中海へ派遣され、1940年5月10日にアレクサンドリアに到着して、地中海艦隊に復帰。1941年3月27日から3月29日にかけてギリシャのマタパン岬沖で行われた「マタパン岬沖海戦」では、イタリアの重巡洋艦「フィウメ」、「ザラ」と駆逐艦「ヴィットーリオ・アルフィエーリ」を、「ウォースパイト」、「ヴァリアント」、「バーラム」の3隻の戦艦で奇襲して大破、撃沈させた。しかし、クレタ島北西沖のキティラ海峡で哨戒中の5月22日にドイツ空軍爆撃機の空襲で230kg爆弾1発が命中し大破した(クレタ島の戦い)。この修理のため、ウォースパイトはアメリカに向かい、8月ピュージェット・サウンド海軍造船所(ワシントン州)で修理が行われ、15インチ砲の砲身を交換やレーダーの設置等をしたが、日米開戦が勃発すると、工事を切り上げて、インド洋の東洋艦隊へ加わるため出航し、1943年まで在籍した。
 1943年6月に再び地中海へ戻り、ジブラルタルに拠点を置くH部隊に加わり、7月にはハスキー作戦(シチリア島攻略作戦)に参加し、17日には上陸支援のためカタニアのドイツ軍に対して艦砲射撃を行い、その後主に上陸部隊や陸上部隊への支援砲撃の任務に就く。

 1943年9月16日に、イタリアの戦艦「ローマ」を一撃で葬り去ったドイツの誘導爆弾FX-1400「フリッツX」を3発食らい、そのうちの1発は煙突近くで爆発して甲板を切り裂き、船体に巨大な穴をあけられ、完全な修理不可能・自力航行不能の大損害を受けた。9月19日に幾多の困難を乗り越え何とか曳航されてマルタ島に到着し、ジブラルタルで本格的な修理を受ける前に応急修理を受けた。しかし、ジブラルタルでも完全な修理ができず、1944年3月16日に本国イギリスのロサイス港へ戻った。しかし4月27日X主砲塔、第4缶室使用不能のまま工事完了し、1944年6月6日に東方機動部隊の一員としてノルマンディ上陸作戦に参加し、ソード海岸の上陸部隊を掩護するためドイツ軍に対して艦砲射撃を加えた。再度、FX-1400の攻撃を受けるが大きな損傷は免れ、数日後にはゴールド海岸の上陸部隊を支援した。間もなくウォースパイトは砲身の交換が必要になってロサイスに送られたが、その途中で磁気機雷に触雷し、大破してしまった。修理は艦砲射撃の任務に必要な箇所だけ行われた。修理後の11月1日にはオランダのゼーラント州ワルヘレン島に艦砲射撃を行ったが、それらは最後の砲撃となった。1945年2月1日にウォースパイトは予備役に編入され、スピッドヘッド、マザー・バンク沖に係留される。戦後、ネルソン提督の乗艦した戦列艦ヴィクトリーのように博物館として保存しようとの声が挙がったが、1947年にスクラップとして売却、解体された。

 余談ではあるが、嵐のため解体所に向かう途中でプルシア湾で座礁して航行できなくなった。これは、ウォースパイトの最後の抵抗であったかのようである。結局はその場で解体が開始され、1956年に完了した。

(艦歴)
起工:1912年10月31日
進水:1913年11月26日
就役:1915年3月8日
退役:1945年2月1日
その後:1950年にスクラップ
除籍:1947年

(性能諸元)
排水量:33,410t
全長:197m
全幅:27.6m
吃水:8.8m
機関:アドミラリティ製重油石炭混焼缶24基、パーソンズ式オールギヤードタービン4基4軸推進75,000hp
最大速:24ノット
航続距離:4,400海里
乗員:950-1,220名
兵装:38.1cm(42口径)連装砲4基
 ・15.2cm(45口径)単装砲16基
 ・7.6cm(45口径)単装高角砲6基
 ・53.3cm水中魚雷発射管4基

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