◆第10 二つのリリー・マルレーン
(2007.10.13作成)
(2007.10.19日本語訳追加)

Lili Marlen リリー・マルレーン(訳:辻優子)
1.
Vor der Kaserne
Vor dem großen Tor
Stand eine Laterne
Und steht sie noch davor
So woll'n wir uns da wieder seh'n
Bei der Laterne wollen wir steh'n
|: Wie einst Lili Marleen. :
1.
兵営の前
大きな門の前に
街灯が立っていた。
そして今でもその前に立っているなら
またそこで会おうよ。
街灯の下に二人で立とう
いつかのように、リリー・マルレーン。
2.
Unsere beide Schatten
Sah'n wie einer aus
Daß wir so lieb uns hatten
Das sah man gleich daraus
Und alle Leute soll'n es seh'n
Wenn wir bei der Laterne steh'n
|: Wie einst Lili Marleen. :|
2.
ぼくたち二人の影は
一つのように見えていた。
二人がとても愛しあっているのは
すぐにそこから見てとれた。
そして、みんなにも見てほしい
街灯の下に二人が立つときは
いつかのように、リリー・マルレーン。
3.
Schon rief der Posten
Sie blasen Zapfenstreich,
Es kann drei Tage kosten.
Kamerad,ich komm’ja gleich.
Da sagten wir auf Wiedersehn,
Wie gerne wollt’ich mit dir gehn,
|: Mit dir Lili Marleen? :|
3.
もう歩哨が叫び
消灯ラッパが鳴っている。
遅れれば三日間の営倉だ。
戦友よ行くよ、今すぐに行く。
それで、ぼくらはさよならを言った。
どんなにきみといっしょに行きたかったか
きみといっしょに、リリー・マルレーン。
4.
Deine Schritte kennt sie,
Deinen schönen Gang
Alle Abend brennt sie,
Doch mich vergaß sie lang
Und sollte mir ein Leids gescheh'n
Wer wird bei der Laterne stehen
|: Mit dir Lili Marleen? :|
4.
きみの足音を街灯は知っている
きみの気どった足どりも。
毎晩街灯は燃えている。
でも、もうぼくのことは忘れて久しい。
もしぼくの身に何かが起きたなら
だれが街灯の下に立つのだろう
きみといっしょに、リリー・マルレーン。
5.
Aus dem stillen Raume,
Aus der Erde Grund
Hebt mich wie im Traume
Dein verliebter Mund
Wenn sich die späten Nebel drehn
Werd' ich bei der Laterne steh'n
|: Mit dir Lili Marleen. :|
5.
静かな場所から
大地の底から
まるで夢のようにぼくをひきあげる
うっとりとしたきみの唇が。
夜ふけの霧が渦をまくとき
ぼくは街灯の下に立とう
いつかのように、リリー・マルレーン。


 第二次世界大戦でヒットした曲と言えば、往年の大女優マレーネ・ディートリヒ(Marlene Dietrich)の歌う「リリー・マルレーン」を思い出す人が多いのですが、実はこの「リリー・マルレーン」を最初に歌ったのは、ラーレ・アンデルセン(Lale Andersen)であることはあまり知られていません。

 この歌は、1915(大正4)年に、ドイツの詩人ハンス・ライプ(Hans Leip)の詩集"Das Lied eines jungen Soldaten auf der Wacht"に収録されていた詩をもとに、1938年、作曲家ノルベルト・シュルツェ(Norbert Schultze)が曲をつけたものを、大戦が始まる7ヶ月前の1939年2月、歌手ラーレ・アンデルセン(Lale Andersen)によって録音された。しかしその時には、60枚とも600枚とも言われる”伝説”があるくらい売れず、曲も忘れ去られ、レコード会社にはたくさんの在庫が残った。しかしこのレコードの内2枚がどういう経緯か前線慰問用のレコード中に紛れ込み、1941(昭和16)年6月14日21時57分、ベオグラード放送から北アフリカ戦線のドイツ兵向けにこの曲が流されたという。この曲は、たちまち戦線のドイツ兵の心を捉え、 多くの兵が故郷を思い涙を流したといわれているが、 ドイツ兵のみならずイギリス兵の間にも流行したため、ナチスはこの歌を禁止した。

 なお、ドイツ生まれの大女優マレーネ・ディートリヒは、ナチスを嫌い、アメリカに亡命し、戦時中、アメリカ軍兵士の慰問にヨーロッパ各地を巡った。彼女は、このときから「リリー・マルレーン」の歌を歌い、以後、彼女の持ち歌の一つとなった。

 ラーレ・アンデルセンは、この歌で人生が大きく変わった。「リリー・マルレーン」のヒットに目をつけたナチスは、彼女にベルリンのマンションを与えるなどの大スター待遇で迎え、前線慰問などに動員した。しかし、彼女の「絶頂期」は長くなく、1942年夏、イタリアでの演奏旅行に出かけた彼女は、突然ゲシュタポに逮捕されてしまいます。スイスに残してきた夫がユダヤ人で、亡命を図ったからではないかと言われます。当局の追及に疲れた彼女は、睡眠薬自殺を図りますが、一命を取り留めます。彼女の命を助けたのは、イギリスBBCのドイツ向けラジオ放送でした。「あなたがたのあこがれの”リリー・マルレーン”を歌ったラーレ・アンデルセンは最近収容所に入れられて、そこで死んだ」と報道したのです。ナチスの非道を宣伝するための放送だったのですが、ナチスはその放送を否定し、彼女の健在ぶりを示すため、再びドイツ国民の前に出さざるを得ませんでした。彼女は釈放されましたが、宣伝大臣ゲッベルスは、彼女にリリー・マルレーンを放送禁止にし、レコード原盤を持つエレクトローラ社に原盤の破棄を命じ、彼女にリリー・マルレーンを歌うことを禁じたのです。

 その後、全てに疲れ絶望した彼女は、ベルリンを離れ、北海の孤島のランゲウォング島に身を潜めるようにして生活を始めました。ドイツ敗戦後、彼女は再び歌手に復帰しますが、ドイツ国民は既に彼女の歌を必要とはしませんでした。さらに50年代のビート音楽の流行により、古くさい歌謡曲は急速に人気を失いました。彼女は、民謡歌手に転向しますが、泣かず飛ばずだったそうです。1972年8月29日、彼女は自伝のキャンペーン中にウィーンでその生涯を閉じました。

 最後に、リリー・マルレーンには4種の綴りがあります。
 「Lili Marlen」アンデルセン初回版
 「Lili Marleen」アンデルセン後期版
 「Lili Marlene」マレーネ・ディートリヒ版
 「Lilli marlene」英語版、イタリア語版
 マレーネ・ディートリヒ版は、マレーネ(Marlene Dietrich)が、自分の名前とひっかけて綴りを変更したものです。

リリー・マルレーン(ラーレ・アンデルセン版)(mp3形式:0.7MB)
リリー・マルレーン(マレーネ・ディートリヒ版)(mp3形式:0.7MB)

(参考サイト)
http://www.geocities.jp/asukal_trader/Asukal/lilimarlene.htm
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/591300a99db3575baa776ca20625857d

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