エジプトとキレナイカ

エジプト
 エジプトは、プトレマイオス朝最後の王、女王クレオパトラの死によって滅亡し、その後、ローマ領となった。人口と軍団駐留とで一流の属州に匹敵したが、長年神政一致の王政に馴染んだエジプト人を統治するためには、総督や知事ではなく、皇帝が王=ファラオとして直接統治する必要があった。そのため、皇帝は自らの代理としてエジプト領事を派遣した(騎士階級出身者から皇帝が任命し、皇帝のみに責任を負った)。法的には属州とは言えず、皇帝私領であった。

 エジプトは経済的にも豊かであった。農業について言えば、歴史家ヘロドトスが「ナイルの賜物」と記述した、ナイル川の洪水期に上流から運ばれる肥沃な土が農業を支え、実に、ローマ帝国最大の穀倉地帯としての地位を与えていたのである。この豊かな実りがローマへもたらされ、いわゆる「パンとサーカス」を支えた。商業について言えば、ヘレニズム最大の都市アレクサンドリアでのシルクロード貿易が巨万の富をもたらし、また、この国際色豊かな都市は文化的にも学問的にも栄えていた。

キレナイカ
 現在のリビアに位置する。キレナイカは、ペンタポリスとして知られる5都市の集団であり、属州化される以前には、キレナイカ王国があったが、プトレマイオス・アピオンが領土をローマに遺贈した(前96年)。しかし、ローマがこれを属州化したのは前74年頃であった。
 帝政時代にはクレタ島と一緒にされて元老院属州として、元老院から派遣される総督(proconsul)に統治された。経済的にはさしてなにもないように見えるが、この5都市、特にアポロニアは、エジプトとアフリカ諸都市との間の交通をつなぐものとして非常に重要であった。そのためプトレマイオス時代、帝政時代も非常に栄えることとなった。

(属州・行政区分の変遷)
年代
属州名
前74年頃
属州リビア
前64年頃
(ポンペイウス時代)
属州リビア
属州クレタ
前20年頃
(アウグストゥス帝時代)
属州リビア
皇帝私領エジプト
300年頃
(ディオクレティアヌス帝時代)
オリエンス管区
属州スペリオル
属州リビア・インフェリオル
属州クレタ
属州アエギュプトゥス・ヨウィア
属州アエギュプトゥス・ヘルクリア
属州テバイス


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