アフリカ大陸(エジプト・リビアを除く)

 現在のアフリカ大陸にローマの覇権が及ぶようになったのは、第三次ポエニ戦争でカルタゴを滅亡させ(前146年)、そこに属州アフリカを設置したのが始まりである。その後、順次領土を獲得していき、帝政初期のクラウディウス帝時代には、属州5に及び、その領土は地中海沿岸部全域に及んだのである。
 地理的には、南にはアトラス山脈と広大なサハラ砂漠、北にはローマ人が「我が大海」と称した地中海に挟まれていた。
 治安面では、上記の地理的な理由のため外敵の侵入がなく、また現地民の反乱も若干あったものの、比較的安定していた。そのため、この地方に駐留する軍団は、元首政時代、南辺の山脈を警備する目的で、属州ヌミディアのランバエシスの砦に置かれたわずか一個であった。また、3世紀後半の軍人皇帝時代の戦乱の影響をほとんど受けず、民族大移動期のヴァンダル人の侵入までの間、平和のもとで経済的な発展を続けた。
 経済的には、かつてのカルタゴの繁栄が物語るように潜在的にかなり恵まれていて、カルタゴ時代からの大土地所有農業が中心的な産業であった。しかし、実際は、アフリカ経済は外部世界とのつながりが密接であったため、利潤の海外流出があったのである。アフリカ産のオリーブ油は上品質で、輸出によってかなりの利潤を得たものの、穀物輸出については全く不利な条件で行われ、ほとんど利潤を生まなかった。利潤の海外流出がなければさらなる富を得ていたはずである。
 文化的には、思想の分野でもっとも活躍した地方の一つに数えることができる。また法律家たちの出身地としても名高く、多くの元老院議員や騎士を輩出した。特に有名なのは、属州アフリカの都市レプティス・マグナ出身のローマ皇帝セプティミウス・セヴェルスを挙げることができる。東方のつながりで早くもキリスト教が伝わり、4世紀にはカトリック派とドナトゥス派との抗争に影響を受けて、教会の監督制度が発達した。

(属州・行政区分の変遷)
年代
属州名
前146年頃
(第3次ポエニ戦争終結)
属州アフリカ
前46年頃
(カエサル時代)
属州アフリカ
属州アフリカ・ノヴァ
前20年頃
(アウグストゥス帝時代)
属州アフリカ
属州ヌミディア
44年頃
(クラウディウス帝時代)
属州アフリカ
属州ヌミディア
属州マウリタニア・ティンジターナ
属州マウリタニア・カエサリエンシス
300年頃
(ディオクレティアヌス帝時代)
アフリカ管区
ヒスパニア管区
属州プロコンスラリス
属州ビュザケナ
属州トリポリタニア
属州ヌミディア・キルテンシス
属州ヌミディア・ミリティアナ
属州マウリタニア・ティンジターナ
属州マウリタニア・タビア
属州マウリタニア・カエサリエンシス


トップローマの領土について>アフリカ大陸(エジプト・リビアを除く)