●護衛隊長官(Praefectus praetorio)

 この役職は、初代皇帝アウグストゥス帝時代に創設され、帝政末期まで存続する役職である。そもそもは、皇帝を警護する軍隊(護衛隊)を指揮する一長官であったが、皇帝の身辺に近い立場であったため、時代の変遷とともにその重要性は増し、セプテミウス・セウェルス帝時代になると、軍事、財政、司法、立法の諸権を兼ねる最高の行政官となっていくのである。しかし、唯一イタリアに駐留する軍隊であったため(平時において、イタリアは軍団の駐留を認めない非武装地帯であった)、その軍事的な影響力を背景に実際権力は相当に大きかった。そのため、アウグストゥス帝は定員を2人という同僚制にしたり、任命についても騎士階級からのみとする予防策を講じた。だが、ティベリウス帝時代のセイヤヌスのように、護衛隊長官職を1人で独占して国家危機をおこしたり、皇帝の代理人ということで、重大な権力乱用を頻発させたりする場合もあり、また、皇帝をもすら殺害することもしばしばあった。そのため、ディオクレティアヌス帝・コンスタンティヌス帝時代になると、その強大すぎる権限を恐れた皇帝によって、段階的にその権限(特に軍事指揮権)を縮小させ、民政面を担当させる権限のみにさせたのである。

(時代変遷)

(護衛隊規模)
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