ポン・デュ・ガール(写真はwikipediaより)


古代ローマ人は、快適な都市生活に欠かせない飲料水や公衆浴場に使用する水を確保するため、近郊の水源から水を引く水道を各都市に整備した。この水道の整備は、古代ローマの土木技術の粋を集めたもので、1kmあたり34cmの傾斜(1:3000)、50km(31マイル)の距離で垂直方向にわずか17m下がるだけという精巧さである。この傾斜によって水は完全に重力のみで流れ、非常に効率よく大量の水を運んでいた。この傾斜を確保するために、経路の途中に山があればトンネルを掘り、谷があれば水道橋を建設した。
しかし、古代末期から水道橋の補修は行われなくなり、また戦乱によってこれらの水道の多くは破壊されたが、一部は修復され現在でも使われている。ちなみに、ローマのトレヴィの泉の水は紀元前19年建造(16世紀に修復)のウィルゴ水道から引かれたものである。

このポン・デュ・ガール(仏:Pont du Gard)はその水道橋の一つであり、フランス南部・ガール県のガルドン川に架けられている。ユゼスからニームへ水を運ぶための水路の途中にあり、古代ローマ時代の紀元前19年頃にアウグストゥス帝の腹心アグリッパの命令で架けられたと考えられている。高さ49m、全長275mで3層のアーチからなる。
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