イギリスの爵位
(2010.01.11作成)

duke(公爵)
 古ゲルマンの軍事統率者であるドゥクスdux。語源であるラテン語duxは古代ローマの最高司令官を意味する。しだいにローマ帝国は異民族の首長にduxの称号を与えるようになった。4世紀には文官と武官が分かれ、duxはそれぞれの軍団の司令官の職名に使われた。同様のComes mei militarisはduxの部下であり、のちcountとなる。フランク人はローマの影響を受けて、dux/duces(将軍)が用いられた。duxは軍団の司令官であり、同時に郡の執政となった。シャルルマーニュが辺境を平定したのち、諸氏族の氏族長にもdux/ducesの称号が与えられ、フランク王国の宗主権を認めさせた。これらの称号は世襲され、公爵領となった。いっぽうで、dux/ducesは王子にも用いられる習慣も広がった。この制度はフランク以外の地域にも広がり、イングランドではエドワード黒太子が初の公爵(コーンウォール公)となった。

Count(伯爵)
 フランク国王の統治権とりわけ裁判権を地方管区ごとに執行する役人としてのコメスcomes
封建制度の発達にともなって,両者はいずれも官職的性格を失って,封建諸侯の称号となり,公は国王の直属封臣のうち最高の位を占めた
ローマ帝国のComesは、廷臣の階級のひとつであった。文官のComesと武官のComesがあり、Duxが部下として指名した。中世のフランク王国やゲルマン地域では、Count Palatine(パラティンとよばれる自治州を領有し、そのなかではほぼ完全な自治権を有していた)、Comes Sacrarum Largitionum(王室財政を管掌する職)などがあった。当初は任命制だったが、その強大な権力により次第に世襲されるようになった。中世になると伯爵領はCountyと呼ばれるようになり、これが現在の州「カウンティ」に受け継がれている。領主としての伯爵の地位は、近世以降しだいに称号化し、他の爵位をあわせて社会の序列をあらわす名称へと変化していった。

Marquess(侯爵)
 公と伯の中間に位置する侯は,もともとフランク王国時代に,異民族との辺境地域の統治をゆだねられた辺境伯 (ドイツ語はマルクグラーフMarkgraf) に由来し,その軍事的重要性のゆえに,しばしば公の名を帯びたが,のちにはこうした歴史的起源とは無関係な,封建貴族の称号となる。
 Marquessはゲルマン人の称号Markgraf(marka境界線+Graf伯)に由来し、しばしば辺境伯と訳される。英語ではMargraveと綴る。はじめはカロリング朝フランクで辺境を守る武将の役職名で、フランク王国東部のローマ帝国との国境線に多く配された。しだいに貴族の称号となってゆき、Dukeの次、CountないしEarlの上という序列がつくられた。その後、ヨーロッパ各国もこれを導入し、13世紀から14世紀にかけて Margrave/Marquessは貴族の称号として一般的に定着していった。

Viscount(子爵)
 副伯と言うニュアンスでフランス、スペイン等で使われていた。イングランドでは、シェリフ相当の爵位として14世紀に創設された。ドイツ語圏では都市伯(Burgrave)が、これに相当すると言える。

Baron(男爵)
自由民を表す言葉で、後に領主一般を指す言葉となり、最終的にviscount以上の爵位を持たない領主の爵位(男爵)となった。ドイツ語圏やスコットランドでは、男爵に相当するものにFreiherrやLord of parliamentが使われ、baronはそれより低い称号になっている。スコットランド語でbaronyは荘園を意味し、荘園領主・小規模領主に baronが用いられた。

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